スポーツ栄養の基本の「き」・エネルギーの考え方

スポーツ栄養に関係する資格や、一般向けの「スポーツ栄養セミナー」というものもたくさんありますが、みなさんにとって、スポーツ栄養の基本の「き」と言ったら何が思い浮かぶでしょうか?

・バランスよく食べること?

・プロテインを飲んだり、サラダチキンを食べること?

・揚げ物やスナック菓子を避けること?

・おやつとして甘いものを食べるのではなくて、補食としておにぎりを食べること?

・糖質制限?ファスティング?遺伝子検査?…



スポーツ栄養を実践するならスポーツ栄養をちゃんと学んでからにしてほしい!

と私が思う一番の理由に、栄養の大枠であるエネルギーの考え方があります。

IOC Diplomaコースの一番始め、つまり基本の「き」として学び、そして自分の無知が身に染みたのが、このエネルギーの考え方でした。


それが「エネルギーアベイラビリティー」というコンセプトです。

そしてこれ、栄養系の大学に通ったとしても勉強しない概念なのです。


自分なりに10年ほどスポーツ栄養の勉強をしてきたつもりでしたが、2003年のIOCのスポーツ栄養に関する声明で取り上げられている(原文は2010年版に更新されているため見れません)にも関わらず、2017年のDiplomaコース受講開始まで、私もこのコンセプトを知りませんでした。

「エネルギーなんて、そんな基本のこと知ってるし!」と思ってスルーしてしまっていた部分かもしれません。


エネルギーアベイラビリティーのコンセプトってなんなのか?私なりに説明してみます。


例えば、「体重を減らしたい」と思って、またはそう指示されていて、カロリー制限をしているアスリートがいるとします。

途中まではプラン通り体重を落とせましたが、そこからさらにカロリー制限をしてもなかなか体重が落ちません。練習はこなせていますが、疲れやだるさを感じています。

現在の体重は50 ㎏、体脂肪率は16 %、摂取エネルギーは1,500 kcalだとします。


…こんな状況、どう考えたらよいでしょうか?



通常の栄養指導に用いる「エネルギーバランス」の考え方でいくと、

体重が減らないのは、「消費エネルギー>摂取エネルギー」になっていないからであり、減量したいのであれば、

・摂取エネルギーをもっと減らすか

・消費エネルギーをもっと増やすか

という風に考えるのが普通です。

もちろん、疲れやだるさを訴えているのですから、貧血などの血液検査や、目標とする体重の見直しを行い、一旦は「消費エネルギー=摂取エネルギー」、つまりこのまま摂取エネルギー1,500 kcal維持でいこう、となるかもしれません。判断難しいところですね。



では、「エネルギーアベイラビリティー」ではどう考えるのかというと、エネルギーバランスのように、消費エネルギー全体を見て摂取エネルギーと比較するのではなく、

① 運動でどれくらいのエネルギーを使ったか

② それを差し引いてどのくらいのエネルギーを運動以外の生活に使えるか

を考えます。式でいうと、

[食事等によって体に入ってきたエネルギー] ー [運動で使ったエネルギー]

で、これを体脂肪を差し引いた体重(除脂肪体重)で割って、除脂肪体重1㎏あたりで評価します。

ここまでの説明は、エネルギー不足、月経機能障害、骨の健康障害を特徴とする「女性アスリートの三主徴」についての解説でよく参照されている、アメリカスポーツ医学会が2007年に発表した「女性アスリートの三主徴」の声明(1)に記載されています。つまり、実はそんなに新しい概念というわけでもないわけです。


さて、ここから具体的に数値を入れて考えましょう。

① 現在の摂取エネルギーは1,500 kcal

② 体脂肪を除いた体重は 50 kg - (50 kg × 16 %) = 42 kg

③ 運動に使ったエネルギーは500 kcal

だとします。運動に使った分のエネルギーは、最近では腕時計タイプの機器などでも測定できますし(精度の確認は多少必要かと思いますが…)、運動の種類・強度(METs)と運動時間から消費エネルギーを計算できます(運動以外で使っている基礎代謝等を差し引くのを忘れずに…このあたりの概念が参考文献(2)に詳しく図解されています)。

この3つがわかると、

エネルギーアベイラビリティー=(1,500 - 500) ÷ 42 = 23.8 (kcal/kg 除脂肪体重)

という値が出ます。


では、この「23.8」という値、どう評価できるでしょうか?

議論はありますが、

エネルギーアベイラビリティー= 30 kcal/kg 除脂肪体重 

というのが安静時代謝の目安の値であり(2)、減量中であっても安静時代謝さえ支えられないようなエネルギー状態が慢性的になっては健康的ではないという閾値となっています。

運動以外に必要なエネルギーには、もちろん安静時代謝だけではなく、食事による熱産生があったり、生活での立位や階段の上り下り等のエネルギーも含まれます。「日本人の食事摂取基準」p.76でもそうした「身体活動レベル」が「低い」人でも基礎代謝の1.5倍をエネルギーの目安としています(3)。

運動以外で使うエネルギーにも個人差があるので一概には言えないですし、安静時代謝は基礎代謝より少々高くなりますが、「45 kcal/kg 除脂肪体重」という値が、健康的な代謝を守りつつ体重を維持する目安とされています(2)。

つまり、「エネルギーアベイラビリティーが23.8」という状態は、正常な安静時代謝さえ支えられない「低エネルギーアベイラビリティー状態」ということができます。体重が減っていかないので、「エネルギーバランス」で考えるとエネルギー不足ではないのですが、「エネルギーアベイラビリティー」で考えると浮かび上がってくるこのような問題は「相対的エネルギー不足」と呼ばれ、「女性アスリートの三主徴」だけでなく相対的エネルギー不足による様々な症状(症候群、Relative Energy Deficiency in Sports: RED-S)を引き起こすことが分かってきています(4)。


例のアスリートの場合、本当はエネルギーアベイラビリティーで45、つまり1,890 kcal程度必要なところを、1,000 kcalでなんとかしようとしているので、骨を作る働きや筋肉を作る働き、生殖機能を弱めたり、運動以外はぐったりして活動できなかったりして、運動以外で使うエネルギーを「省エネ化」してしまっている、というのが下の図です。

この理解ができていると、例のアスリートのサポートをする際に、アスリート本人や指導者に「低エネルギー状態になっていますよ!」という警告をすることができるのではないでしょうか。

栄養サポートの大枠となるエネルギー設定も、とりあえず現状維持で1,500 kcalではなく、

・ 積極的な減量を続けるにしても、エネルギーアベイラビリティー30~35は確保して1,260~1,470kcal、プラス運動分500 kcalで1,800~2,000 kcalを目安にしてみる

・ 体調不良もあるので、エネルギーアベイラビリティー40程度(運動分と合わせて2,200 kcal程度)まで上げてみる

といったことを、

・ エネルギー不足の健康やパフォーマンスへの影響

・ エネルギーを上げた場合に想定される変化(このあたり、次回のブログに書こうかな)

を伝えながら提案できるのではないでしょうか…。



指示通りに減量を成功させられない栄養士はいらない?必要とされない?

減量を達成させるダイエットプロではなく、スポーツ栄養学を実践するのがスポーツ栄養士です。

アスリートの健康を守るために臆さず戦えるスポーツ栄養士になりましょ。


栄養サポートの大枠となる、エネルギー。

最初に挙げた、一般的にスポーツ栄養の基本だと思いこまれていることが、むしろアスリートのエネルギー状態を悪化させ、健康リスクを負わせてしまっている場合もあるかもしれません。

スポーツ栄養を「実践に落とし込む」ためには、スポーツ栄養の基本を学んでそれをしっかり理解する必要があると思います。


アスリートの栄養サポートが、エネルギーアベイラビリティーのコンセプトに貫かれたものとなり、アスリートが「自分の健康って大事なんだ」と感じられるきっかけとなるものであるよう願います。


参考文献:

(1) Nattiv A et al. The female athlete triad. Med Sci Sports Exerc. 2007;39(10):1867-1882. doi:10.1249/mss.0b013e318149f111

(2) Loucks AB. THE FEMALE ATHLETE TRIAD: A METABOLIC PHENOMENON. PENSAR EN Mov Rev Ciencias del Ejerc y la Salud. 2014;12(1):1-23.

(3) 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版). https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html 

(4) Mountjoy M et al. IOC consensus statement on relative energy deficiency in sport (RED-S): 2018 update. Br J Sports Med. 2018;52(11):687-697. doi:10.1136/bjsports-2018-099193

画像:Loucks AB et al. Energy availability in athletes. J Sports Sci. 2011;29(1):S7–S15. doi: 10.1080/02640414.2011.588958 より「スポーツ栄養士の図書館LOUNGE」メンバーに意見をもらいながら作成。※ブログの文章は個人の見解です。


noteにて、アスリートのエネルギー不足を理解するための用語を紹介しています。ご参考まで。

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