水中毒、あなたも要注意?
9月に入り、台風も来てめっきり涼しくなりましたが、まだまだ続く、水語り。
暑さが最高潮で、熱中症被害のニュースが増えていたお盆過ぎの夕刻、NHKデータ放送で見たこちらのニュース(テレビ放送もされていたみたいです)↓
「いやいや、この伝え方はまずいんじゃないの…」と一気に頭がガンガンしてきてしまいました。同日夜11時のニュースでも話題入り。この情報を鵜呑みにしたようなSNS投稿や、内容を伝言ゲームしただけの「専門家」のご意見も目にしました。
ニュース記事では運動に絡んだ水中毒についても触れられていたので、スポーツ栄養にもからめつつ、引っかかったポイント
① 熱中症などに詳しい医師?
② 学校での運動後に「水中毒」になることがある?
③ 水分補給は1時間に1L程度まで?
④ 汗をかいたらスポーツドリンクや梅干し?
について、(今更ながら…)見てみようと思います。
① 熱中症などに詳しい医師?
熱中症になど詳しい医師が、水中毒の危険性について語っているということは、この医師は救急医で、熱中症だと思って救急搬送された方の中に実は熱中症ではなくて水中毒だった、という症例が意外とある、ということなんだろうか?と思って、吉田勝明医師をググってみたところ、精神科医のようです。実際、同医師への取材を元にして、上記NHK記事と同日に公開されているウェザーニュースの記事では、吉田医師が精神科医であること、水中毒が精神疾患の患者さんに多くみられる、ということが書かれています↓
精神科の医師が熱中症にどれくらい詳しいのかは人によるのかもしれませんが…「水中毒に詳しい精神科医」という紹介のほうが適切なのではないかな?と思います。
② 学校での運動後に「水中毒」になることがある?
スポーツ時の水分補給に関しても確かに水中毒の注意喚起はされていて、2020.6のウェブセミナーのお知らせのブログでもご紹介した、水分補給に関する詳細なレビュー[1]にも、水中毒(つまり、低ナトリウム血症)は上記のような主に精神疾患による多飲症だけでなく、一時的な飲みすぎや長時間のトレーニング時の過度な飲水で誰にでも起こりうることが書かれています。
運動時でも基本的にはレアなケース[1]ですが、ドイツ代表レベルのジュニアボート選手の4週間の強化合宿中(練習時間は一日3~4時間)に、30人中70%以上(男性の約6割、女性の9割近く)が途中で一度は血中ナトリウム濃度135 mmol/Lの低ナトリウム状態になった(症状はなし)という、なかなか衝撃的な報告[2]も見つけました。この報告ではミネラルウォーターの飲水量のデータ(多い日では男子選手平均8L、女性選手平均5Lを超える飲水)はありますが、食事の記録はないので、この飲水量は飲み物としての量だけだと考えられます。食事からの水分摂取量は不明ですが、畜尿のナトリウム量から換算した塩分摂取量は一日平均男性15.1-19.4 g、女性7.4-11.5 gと、一般的な推奨よりは多い量です。塩分20g摂ったとしても水を8L飲めば、塩分10g摂って水を2L飲む人と比較すると塩分:水分の比率は半分になりますし…。もちろん一概に水と塩だけでは考えられないですが、これだけ水を飲むと、ナトリウム摂取量が足りないという可能性もあり得るのかな、と考えさせられる報告です。
平均的には食事からの塩分摂取量がかなり多い日本の食習慣ではありますが、練習時間が長い日本のスポーツ文化の中で、運動中や運動後に低ナトリウム血症が起こった事例ってどんなものがあるのだろう?と探してみていますが、日本の大抵の症例は精神疾患や腎疾患、糖尿病による口渇や、嘔吐下痢による脱水からの回復時などで、基礎疾患がなく運動に関連したものはまだ見つけられていません。上記報告[2]のように無症状なケースというのはもしかしたら起こりがちなのかも知れませんが、「なることがあります」だけではなくて、データが欲しいな…と思うところです。
③ 水分補給は1時間に1L程度まで?
それなら、どれくらい水分をとればいいのか?という話題になると、一時間に1L程度まで、ということが上記NHK記事には書かれていて、その理由としてはそれくらいが尿として排泄できる限度だから、とのことです。
ここでまずちょっと引っかかるのは、1Lまでしか出せないから1Lまでしか飲まないっていうことは、飲んだ分全部出す想定、つまり脱水ではない状態の場合っていう想定なのか?という点。運動パフォーマンス維持のため、運動中は体重の2%以上の脱水にならないように飲むことが推奨されます[1]。その場合、発汗等で水分が体から失われることを想定しているので、水分を摂ったらそれを体の中に留めておきたいわけで、全部出ていく想定ではありません。運動後に水中毒になる危険性の指摘のあとに、脱水がない状態を想定した水分摂取量というのは、矛盾を感じます。
それから、この「尿として排泄できる限界の量」というのもまた、これだけでは出どころが分かりません。水分補給についてのレビュー[1]にも「~1L」という記載があり、参照元は2005年版のアメリカの食事摂取基準の「水」の部分[3]ということだったので、見てみました(PDFでダウンロードできました)。P.83に、ウォーターローディングの研究で一時的に一時間の尿量が600~1000 mlに達することが報告されている、ということが参考文献付で書かれていました。ウォーターローディングは、急激な減量法の一つとして研究されていて、最近、日本の女優さんが役作りのための減量で実践して話題にもなりましたね。ただ、脱水のリスクの高い運動後や熱中症予防の時期に、ウォーターローディングでのデータを根拠に1時間に1Lというのは…ちょっと疑問です。運動中に体重が増加するような水の摂り方は勧められませんが、汗をたくさんかくような場合に体重減少を2%以内に抑えようと思えば、1時間に1Lを超える水分摂取は十分にありえます。…そして、記事を書く方は医師への取材をただそのまま端折って書くのではなくて、「アメリカの食事摂取基準にもある通り…」みたいな感じで、少しは裏付けをとっていただけると、もう少し信用度が違うのに…と思います。
④ 汗をかいたらスポーツドリンクや梅干し?
これは、水についてブログで語りだしてからずっと指摘していますが、塩分は食事からたくさんとれます。食事がヨーグルトだけ、とかプロテインシェイクだけ、とか果物だけ、とかだとそうもいかないかもしれませんが…。食事をおろそかにせず、食事からの水分補給もしっかり確保してほしいなと思います。運動後の水分補給も、他の栄養目標(炭水化物やたんぱく質)のことも考えれば、食事や軽食(いわゆる”補食”)と一緒に行うことがオススメです。
「水中毒」という言葉は目を引きますし、低ナトリウム血症という状態が起こりえるということの注意喚起はあって然るべきかと思います。しかし、多くの人が目にするテレビニュース、取材してただ言葉をかいつまむのではなく、もうちょっときちんとした形で誤解が生まれないように伝えていただきたいなと思います。
あと、それをただただ伝言ゲームする「専門家」の人たち。
このニュース、なにも引っかからなかったのかな?
参考文献:
[1] Baker LB & Jeukendrup AE. Optimal Composition of Fluid-Replacement Beverages. Compr Physiol 2014;4:575-620. doi:10.1002/cphy.c130014
[2] Mayer CU et al. High Incidence of Hyponatremia in Rowers During a Four-week Training Camp. Am J Med. 2015;128(10):1144-51. doi: 10.1016/j.amjmed.2015.04.014
[3] Institute of Medicine. Water. In: Appel LJ et al. Dietary Reference Intakes for Water, Potassium, Sodium, Chloride, and Sulfate. Washington, DC: National Academies Press, 2005, pp. 73-185. https://www.nal.usda.gov/sites/default/files/fnic_uploads/water_full_report.pdf
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